住井すゑの生涯

住井すゑの生涯

「橋のない川」は、第一部から第七部まで発行総部数が八百万部を超す。被差別部落の解放や人間の平等を訴えたこの本が、 なぜ、こんなに読み継がれるのか「人間の愚かさを遠慮なしに書いているからです。ばかな人間の話はおもしろいものです。 人間社会の中で、日本の部落差別ほど、ばかげたことはない 深刻でこっけいで、考えようによっては、これは笑い話ですよね。」

住井すゑさんはこう答えている。(毎日)家の近くで陸軍大演習があり、ふとしたことから「天皇さんかて、私らかて、食べたものは時間が経つと、みな糞くそになりよるねん」と 知ったのが六歳のとき。「人間はみんな同じ」と気づき「この瞬間、私は生まれた」と自著にある。「男は月給、女は日給」の差別に、就職した出版社を一年でやめた。

「私の肩書は作家ではなくて、人間です」「人類の母親は人以上のものも、人以下 のものも産まない」が口ぐせのようだった九十歳の住井さんが講演会「九十歳の人間宣言」を開いたのは、五年前のきょう六月十九日のこと。集まった八千五百人に 「願わくは、あと十年、生きさせてもらって、第八部を書きたい」と語ったが、彼女自身の言葉を借りれば「時間切れ」。自宅に「橋のない川 第八部」と一行だけ 書いた原稿用紙の山が残された。好きだったのは「老子」。「死して しかして亡びざるものは命長し」。
死んでも後世に残るものがあればそれは長寿の意味だが、 住井さんが残したのは、平等とは、を問い続けた人生と作品だった。

※画像は和平さんのWebサイト住井すゑの100年より拝借いたしました。

1902年1月7日 奈良県磯城郡に生まれる。
1919年上京 講談社の夫人記者に応募し、採用される。
1920年講談社を退社し、著作に励む。
1921年農民作家犬田 卯と結婚し、農民・婦人運動に関わる。
1935年夫の郷里茨城県牛久沼畔に移住 ~四人の子と病んだ夫を支え、執筆と農耕で生計をたてる。
1959年夫の納骨の日に部落開放同盟を訪ね、『橋のない川』 に着手する。
1992年『橋のない川(第七部)』出版にあたり、講演会「九十歳の人間宣言」を行う。
1997年6月16日 牛久沼畔の自宅にて逝去(享年95歳)。

新潮社刊 橋のない川の著者「住井すゑ」あとがきより

Shimizu process

copyrigh © asatori.all rights reserved.